蝦夷地と呼ばれていた北の大地が北海道呼ばれるようになった名前の由来とは?
北海道という名前に至った歴史的な経緯や意味など北海道の歴史を探検していきましょう。
【北海道の名前の命名の歴史】
北海道の名前の命名の歴史カテゴリでは、最終的に北海道という名前が命名されるまでに立案された名前や、名前をつける必要性があった時代的な背景について解説しております。
【北海道を観光する際に覚えておきたい豆知識】
北海道を観光する際に覚えておきたい豆知識カテゴリでは、余談として北海道観光を行う際に事前に覚えておきたいチェックポイントについて解説しております。
北海道と言えば誰もが思い浮かべる景色はおそらく大きな大自然が広がる景色ではないだろうか?
その大きさは日本の総面積の約23%。実に4分の1弱の大きさを誇るのが北海道なのである。
北海道では先住民族である「アイヌ民族」の生活の名残が今でも多く残っている。
当時は蝦夷地と呼ばれていたこの北国は地名である「サップロ」や「ピリカ」や「キムソタップコップ」など不思議な地名の名前が多いのも北海道独特の歴史が感じられる。
北海道って昔は「蝦夷地」って呼ばれてたって聞いたんだけど本当かなぁ?
うむ、かつて蝦夷地と呼ばれていたのは本当の話じゃ。
北海道の先住民である「アイヌ民族」のことは多分聞いたことがあるのぉ。
このアイヌ民族の事を江戸時代~明治時代にかけてまでは「蝦夷(えぞ)」と呼んでいたのじゃよ。
その為、アイヌ民族が住んでいる土地として蝦夷地と呼ばれるようになっていったという訳じゃ。
※北海道は以前は蝦夷地と呼ばれていた
じゃあ北海道という名前になったのは最近になってからってこと?
律令制っていったい何だろう?
律令制とは簡単に言うと国全体が平等の法律に基づいて管轄される制度と言えばわかりやすいかもしれんのぉ。
蝦夷は日本であることは間違いないのじゃが、その地域には独特の文化や規則のようなものが当然あるものじゃ。
このような独特の文化は当然残していくことが大切じゃのぉ。
しかし例えば現在で言う国民が平等に責任をもつ納税義務などのような国民全員が負担するようなものに関してはやはり蝦夷地の者も同じ義務を遂行することは当然のことじゃ。
政府が管轄するエリアとなったから納税などの国民の義務を遂行しましょう。という取り決めを遂行していったということじゃな。
でも律令制と北海道の名前の由来はどのように関連してくるの?
うむ、この時期はちょうど明治維新があった時期。
明治新政府は蝦夷地を政府が管轄することに決め、蝦夷地探査や明治維新の前から先住民と深い交流を続けてきた「松浦武四郎」が政府に「建白書」と呼ばれる提案書を提出。
この時に松浦武四郎が提案した新しい名前の中にあった「北加伊道(きたかいどう)」という名前が採用された。
その後、五畿七道の「東海道」や「南海道」そして「西海道」の名称に合わせてに北加伊道は「北海道」と改め正式に名前がつけられたのじゃ。
この松浦武四郎が提案した名前が元となって名づけられたことが北海道の名前の由来としてもっとも広く知られておるのぉ。
北海道という名前がつくまでには色々な経緯があって北海道という名前になっていたんだね。
「北いが」なんて名前だったらやっぱり嫌だよなぁ。
僕も一度北海道に旅行にいって歴史を勉強しよっと!
北海道旅行は人気が高いから楽しいかもしれんのぉ。
しかし北海道旅行をする場合は、事前に最低限の知識と観光する場所を考えておかなくはいかんのぉ。
観光場所はやっぱりまずは富良野でしょ~。そして小樽運河もいいなぁ。
札幌でカニを食べて、函館の朝市で海鮮丼も食べなくちゃね♪
希望に満ち溢れているところちょっと悪いが北海道はとにかくとっても広いって事を覚えておくことじゃ。
例えば札幌から隣町の小樽までであっても札幌駅から車で飛ばしても1時間は楽にかかる。
同様に札幌から函館は距離にして300キロ弱。
60キロ平均で信号に一度も引っかからずに走ったとしても約5時間じゃ。
北海道旅行を計画する際は、ある程度エリアを絞って数回に分けて観光地をめぐるようにしないと移動だけで観光が終わってしまう事にもなりかねんのぉ。
北海道は実に日本の総面積の約23%を占める巨大な島。
国内旅行では毎年沖縄とともに人気の高いエリア。
特に冬場は良質のパウダースノーを楽しめる地域としてスキーヤーやボーダーからの人気が高い。
未だに未開拓の土地も多く市街地を移動する際は、大自然の一本道といったまさしく北海道を創造させる幅の広い道路が多い。
道路が広い原因は冬場の除雪車の雪が道路の両サイドに溜まっても走行が可能となる為の措置だが、この桁違いに広い道路は夏場には格好のツーリング道路ともなる。